『セミ』(原題 Cicada)は、オーストラリアのショーン・タン作、岸本佐知子さん訳、河出書房新社より2019年刊行の絵本です。初版は2018年、オーストラリア(Lothian Children’s Books)で発行されました。あらすじは、17年間ひたすら頑張って会社で働いてきたセミ。でも誰からも感謝されず、昇進もせず、トイレにも行かせてもらえず、オフィスの壁の中で寝泊まりするような扱い。その後、退職を迎えたとき、セミには“とんでもない変身”のチャンスが訪れて…。静かだけれど過激、しかも誰の心にも“じわり”と残る物語です。
略歴
ショーン・タン
ショーン・タン(Shaun Tan、1974年生まれ、オーストラリア・パース出身)は、画家・作家・映画制作者として知られるアーティストです。代表作には、言葉なしで異国の移民の苦労を描くグラフィックノベル『The Arrival』や、夢と現実の境界を独特のイラストで描く絵本『The Lost Thing』、詩的で幻想的な『The Red Tree』などがあり、作品は国際的な高い評価を受けています。彼の作品は、シュールで細部にこだわるビジュアルと、社会的・心理的テーマを感じさせる物語性が特徴で、「Cicada」でも“職場で無視され続けるセミ”という寓話を通じて、現代社会の疎外感や労働の“見えない傷”を描いています。
岸本 佐知子(訳)
岸本佐知子さん(1960年生まれ、神奈川県出身/上智大学英文科卒)は、日本を代表する翻訳家・エッセイストです。主な訳書には、ミランダ・ジュライ『いちばんここに似合う人』、ニコルソン・ベイカー『中二階』、リディア・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』、ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』など、現代アメリカ・イギリス文学の“ちょっとひねくれた才気派作家”を丁寧に紹介してきた作品が多数あります。エッセイストとしても活動しており、『ねにもつタイプ』で講談社エッセイ賞を受賞。翻訳の“選定眼”と“文章の味わい”に定評があり、海外文学ファンからの信頼も厚い方です。
おすすめ対象年齢
この絵本『セミ』は、子ども向け絵本というより、「大人もしくは思春期以降の読者向けの絵本」と考えたほうがしっくりきます。文量は少なく、絵中心ですがテーマが「職場で評価されない、孤立する存在」「過労や見えない差別、疎外感」など非常に重めで、寓話的・象徴的です。ですので、小学校中〜高学年以上、大人が読むとしみじみ味わえる一冊だと思います。
レビュー
『セミ』、読んでいてじわじわ来ました。最初は「え、セミがオフィスで働いてるの?」という不可思議さが興味を引くのですが、セミの“待遇のひどさ”や“誰にも認められない17年間”という設定が進むにつれて、だんだん“人間みたいな虫”というより、「誰か、もしくは自分自身」のメタファーとして響いてくるんです。淡々と、余計な言葉を削ぎ落として語られるぶん、“セミが耐えてきた時間”“見えない傷”“最終的な“変身””が、読む人の胸に直球で飛び込んできます。そして、最後にセミが飛び立つ瞬間、物語全体が“奇妙だけど希望というか解放”に向かっていたことがわかって、少し救われる気持ちになります。“静かで過激な問題作”という紹介文にある通り、この絵本は静かに、でも確実に、読む人に「働くとは、評価とは、認められるとは何か?」を問いかけてくる、絵本という枠を超えた作品だな、と思いました。


