作・絵:ルドウィッヒ・ベーメルマンス、訳:瀬田貞二さんの『マドレーヌといぬ』。初版原題は Madeline’s Rescue で、アメリカ(米国)で 1953年に Viking Press 刊行とされています。日本語版は1973年、福音館書店より刊行されました。物語は、12人の少女たちと先生が住むパリの寄宿舎で起こる出来事を描いています。ある日散歩中にマドレーヌがセーヌ川に転落してしまい、そこへ一匹の犬が救助に現れます。少女たちはその犬を「ジュヌビエーヴ」と名づけ、家に迎え入れますが、犬をめぐっての友情や対立が浮かび上がります。学校の理事によって犬を追い出すよう命じられたりと波乱もありつつ、最後は心温まる展開が待っています。軽やかな文章と印象に残る挿絵で、マドレーヌシリーズ屈指の人気作です。
略歴
ルドウィッヒ・ベーメルマンス
ルドウィッヒ・ベーメルマンス(Ludwig Bemelmans,1898–1962)はオーストリア・チロルに生まれ、若くしてアメリカへ渡り作家・画家として活躍しました。移民としてさまざまな職を経験したのち、持ち前のユーモアと観察力を生かして執筆活動を始めます。彼の代表作は、1939年に誕生した「マドレーヌ」シリーズ。小さな寄宿舎の少女たちの姿を軽快な文体と鮮やかなイラストで描き、国際的に人気を集めました。『マドレーヌといぬ』はコルデコット賞を受賞するなど、高く評価されています。没後は孫のジョン・ベーメルマンス・マルシアーノがシリーズを継承し、その世界はさらに広がりました。また、ニューヨークのホテルに残る壁画など、大人向けの芸術作品もあり、多彩な才能を持つ作家として知られています。
せた ていじ(訳)
せたていじ(瀬田 貞二、1916年 – 1979年)は、東京市本郷区(現:東京都文京区)湯島に生まれました。東京帝国大学文学部国文科を卒業後、平凡社に入社し、『児童百科事典』全24巻の企画編集に携わり、1956年完成。その後、児童文学の翻訳や評論、創作に専念し、J・R・R・トールキンの『指輪物語』やC・S・ルイスの『ナルニア国ものがたり』など、多くの名作を日本に紹介しました。その他、日本の民話の再話もあり、『かさじぞう』『ふるやのもり』などはロングセラーで多くの人々に愛され続けています。また、自宅に「瀬田文庫」を開き、地域の子どもたちに読書の場を提供するなど、亡くなる直前まで児童文学の普及に尽力しました。
おすすめ対象年齢
『マドレーヌといぬ』は、おおよそ 3歳から6歳くらい の幼児~低学年の子どもを主な対象として適合する絵本です。軽快なリズムの文章、物語性のあるストーリー展開、挿絵も比較的親しみやすく、読み聞かせにも向いています。同時に、大人もパリの風景や犬との触れ合いの描写などを楽しめる要素を含んでおり、親子で読み合える絵本です。
レビュー
『マドレーヌといぬ』を読むと、マドレーヌの大胆さと優しさ、そして思いやりが強く印象に残ります。セーヌ川への転落という緊迫した場面から、犬に助けられるドラマチックな展開は子どもの心をぎゅっと掴む力があります。 “ジュヌビエーヴ” と名づけられた犬を迎え入れる少女たちの葛藤や競い合いは、友情や共有の難しさをそっと伝えてくれます。理事や規律という大人の価値観との対立も淡く描かれ、子ども目線で「正しさとは何か」を感じさせてくれます。絵は、ベーメルマンスらしいシンプルかつ洗練された線描と、色の使い方が抑制されつつも温かみがあり、物語にしっくりと寄り添ってくれます。瀬田貞二さんの訳も自然で、言葉がすっと心のなかに入ってきます。前作『げんきなマドレーヌ』とはまた違った成長と情感が読み取れる、シリーズの中でも私のお気に入りの一冊です。


