佐野洋子さんの『わたしのぼうし』(2022年 ポプラ社)は、1976年に初版が刊行された名作の新装版です。赤い花のついた「わたし」のお気に入りのぼうしが、ある日、汽車のまどから飛んでいってしまいます。子どもにとって大切なものを失う喪失感を、佐野洋子さん特有の透明感のある絵と詩情豊かな文章で描き出しています。本作は第7回講談社出版文化賞絵本部門賞を受賞しており、世代を超えて読み継がれてきました。シンプルでありながら心に深く残る世界観は、子どもの心に寄り添い、大人の読者には懐かしい感情を呼び起こしてくれる一冊です。
略歴
佐野 洋子
佐野 洋子さん(さの ようこ、1938年 – 2010年)は、日本の絵本作家、エッセイスト、翻訳家として知られています。中国・北京で生まれ、幼少期を北京や大連で過ごしました。戦後、家族とともに日本に引き揚げ、山梨県や静岡県で育ちました。武蔵野美術大学デザイン科を卒業後、白木屋デパートの宣伝部でデザイナーとして勤務しました。その後、ドイツのベルリン造形大学でリトグラフを学び、帰国後に絵本作家としての活動を開始しました。代表作『100万回生きたねこ』(1977年)は、哲学的な内容で大人からも高い評価を受けています。また、エッセイや『ゆかいなゆうびんやさんのクリスマス』の翻訳など海外絵本の翻訳も手がけ、多彩な才能を発揮しました。2003年には紫綬褒章を受章し、2004年にはエッセイ集『神も仏もありませぬ』で小林秀雄賞を受賞しています。
おすすめ対象年齢
『わたしのぼうし』は、幼児から小学校低学年くらいまでを対象とした絵本です。お気に入りの帽子をなくしてしまう経験は、小さな子どもにとって共感しやすい出来事ですし、大切なものとの別れをやさしく受けとめるきっかけにもなります。大人が読めば、忘れていた子ども時代の感情を思い出すこともできる絵本です。
レビュー
この絵本を読んで強く感じたのは「喪失の切なさと、それを抱えて生きる力」です。子どもの頃、特別に大切だったものを失う経験は誰にでもありますが、その気持ちを佐野洋子さんはやわらかく、でも鮮やかに描き出しています。帽子が飛んでいってしまう場面のさみしさと、最後に残る余韻は大人になって読むといっそう深く心に響きました。絵の透明感とシンプルな言葉が、悲しみだけでなく「大切な思い出は心に残る」という希望をも感じさせてくれます。子どもはもちろん、大人にもおすすめしたい一冊です。


